ソルティライムシャーベット

小説とかライトノベルとか漫画とか邦楽とかの感想とか

ライトノベルて何なんすかね?文学て何なんすかね?

本日より、盆休み。長期連休の始まりだ。にしては昨日のビアガーデンで飲んだり食ったりして朝起きたらダルさが残り締まりの無いメリハリのない一日めのスタート。だったのだけれども部屋でゴロゴロしていたらあまりの空腹。目眩が来るレベルでいい加減何かを食べねばと冷蔵庫の中には実家の帰省あるいは簡単な旅行にすぐ行こうと考えていたので何もない。と言うわけでファミマでホットスナックとバウムクーヘンを食べて体内にブドウ糖を入れて脳味噌にガソリンを入れた。やっと意識が少しクリアになってきたところで本格的な空腹がしはじめて近くの喫茶店でサンドイッチとコーヒーを飲んでやっと落ち着く。ソシャゲの夏イベントには飽きていた。というよりもイベント自体は今回は珍しく面白いと感じていたのだが、周回をする事に馬鹿らしさみたいなのを感じてやる気がおきない。にしては今回のイベントのボーナスやガチャがかなり興味をひくものが少し憤りを覚える。何だかんだで30分程、結局周回をしてしまったがもう嫌!嫌なの!!て気持ちがスマホの画面を押し潰してる時に嵐のようにやってきて。ワイルドハントの始まりだ!見てえな気持ちで読書を始める。夏。休み。毎度思ってたことは、普段読めないから本をいっぱい読むぞ!!なんだけれども普段できないことは単純にやってないことってだけであって、いざその時が来るとぐだぐだしてしまい結局やらないで休みを終える。と言うのが私の長期連休の当たり前になっている。

まぁそんな好きな事や趣味にも誠実さなんてものは持ち合わせてはいないのだけれどもカフェオレを飲みながら読書を始めた。読んでる本は今年刊行された石川博品の新作海辺の病院で彼女に話した幾つかのことである。石川博品は好きだ。発売されたら買ってしまう作家である。それが個人がKindle電子書籍で発売してる同人作品でも。ついつい買ってしまうってレベルには好きである。

ソシャゲとガチャに脳味噌が溶かされてるというのを言い訳に読書の量が減り、趣味と言うのも少し違うかな?と最近は思い始めており、少し本を読む力?と言うのが減り始めてはいるのだけれどもこの作品を読み始めてすぐにとても魅力を感じた。

話を脱線させるが、本を読む力とかブログ等で文章を書く力と言うのは、そういった事から離れてみると可視化される。別に読書家が凄いとか。物書きが凄いという話ではない。寧ろそう言った自分の好きな事を誇りとかプライド(同じ意味だね)にして、自分が優れているあるいは他者を下に見ている人間は嫌いだ。とハッキリ切り捨てるには、自分の昔を振り返るとできるのか?多分できないよな。。。と自信は持てず。けれどまぁ合う人種ではないなと確信を持って言える。まどろっこしいね。けれどもやはりいざ読書をする、ブログで何かを書くとなってるとこれが少し難しさやしんどさみたいのを感じる。もしかしたらもう読書やブログが好きだったものと過去形になってしまってるのかもしれないというのが原因なのかも。けれどもそういったことはやはり力みてえのがあり、少し距離ができてしまった今。少し。ほんの少し凄い事なのかもしれないなと思う。

話を巻き戻す。石川博品の新作を読んでみると、ほぼかなり高い頻度で思ってる事なのだが今回もまぁ面白い。と言ってもこのブログを書いてる今の段階ではKindle換算で20%を過ぎたくらいだから序章の序章だと思う。石川博品の文章は相変わらず気持ちの良さを感じる。私の好きなライトノベルは書き方作家それぞれで違えど文章の楽しさ、気持ちの良さってのがあるんだなと改めて思う。今まで自分が生きてきた町が崩壊したけれども美しさを感じて、だからこそ生きてけるとサバイバルに生きる主人公が美しい。後、病院にあるソファをソフトキャンディみたいと表現するシーンがあるんだけれども、あぁソフトキャンディみてえだなと個人的に深くしっくりさせられた事が今のところの印象に残ってる。

まぁ今回、発売日に買ったは良いが積み続けてた本を読むキッカケになったことは一般文芸よりの作品と評してるのをネットでみたからだ。石川博品の作品を好評してるときに博品の文章力?の高さから一般文芸よりやライトノベルから外れていると言う人がいるのは今に始まった話ではない。感想の感想を言う程、間抜けで愚かな事も中々無いものだと思うのだけれども。それってどうなの?とは正直に思う時がある。少なくとも私個人の意見であるのだがと前置きをして守りに入るし、石川博品の作品を全作品読んでるわけではないとさらに守りに入るが。石川博品の作品を読んでるときは、ライトノベルと思うし、ライトノベルとして面白い。それが文章の気持ちよさや巧みさから来る面白さだとしてもライトノベルのとしての面白さであるし。文章の高さってのがライトノベルとしての面白いの全ての尺度では無い。しかし文章の高さってのはライトノベルとしての一つの面白さであることが間違いない。いったいこの作品や作者の石川博品が何を持ってライトノベルとして外れているのかが、少し分からない。

ライトノベルて何?一般文芸て何?純文学て何?とか考えている時間なんて幾ら毎日をドブに捨てると振り返れば感じてしまう自分でも無駄な事だと思うので、まぁ人それぞれだねでさっさと終わらしたいと思うが、設定や文章でライトノベル云々をカテゴライズするのもどうかな?て思うが、じゃあおめえは何を持ってカテゴライズしてんだよって言われたらレーベル!と返す事はできないし、実際ライトノベルレーベル以外の作品をライトノベルと思うこともあるし。上記の件とやってることは同じでもあり逆でもある事をしてるのだから人のこたぁ言えないのだけれども。ホントに何なんすかね?と。いつも通りのハッキリしない尻切れ蜻蛉な終わり方だな、ホント。まぁ暇つぶしでブログ書いてるし。

これは前から思ってたけれども私のネットの観測範囲内では、ライトノベルを雑に批判する事は何年間も注目する割には、ライトノベルを雑に褒める時の雑味が半端ない事には注目されない。んな事いったら何も言えないし、雑さにおいては中々のものを持ちあわせてる自分が言うと単純に自分の首を絞めてるだけなだけれども。半端ないとは常々思う。

暇つぶしと思い、ブログのリハビリがてらと思い、何となく書き始めたが。隣に置いてある灰皿がこの書き始めてから数分間で白い吸い殻がこんもりしはじめて、やはり自分は文章を書くのとことん向いてないなと少しガッカリしつつ、またショッキングピンクBICのライターでタバコに火をつける。

夏休み。始まりましたぜよ。石川博品読むぜよ