ソルティライムシャーベット

小説とかライトノベルとか漫画とか邦楽とかの感想とか

ライトノベルで作家買いが無いなんてあり得なかったんだ。ゴメスゴメス。

今回するお話はラノベ作家買いしないて言ってたけどモロにしてたゴメス。ゴメス。という話です。ゴメスゴメス。


以前、ライトノベル作家買いしないどっちかつーとていうかかなりしない派みてえな事を書いたことがあるけれども

最近読んだ数冊を振り返るといやちがう!!違う、作家買いはする!!寧ろ違うんだ。違うんだよ!!一般文芸を表紙やあらすじから奔る電流みてえなもので買うことが少なく作家買いに走ってしまうんだと。ラノベは表紙イラストや設定、あらすじ、キャラクター。そしてもちろん文章で入れるから寧ろラノベ凄ーじゃんと話すべきだったな。と。

だって作家買いしてたもん。

と言うのもここ最近の体験を書くと8月終わりに比嘉智康のひっさびさの新作が出た。

出ること自体は割かし遅めに知って、あらすじやイラストをあまり調べず(はっとりみつるのイラストは良い)。比嘉智康の新作が出ることを知った途端。あっ読みたいなと。すぐ読みたい。発売日に読みたい。絶対に読みたいと。来る発売日。一旦家帰っておちついっちゃったんだよぉ。いや、一旦家帰って、お落ち着いたら中々出かけるのキツくない。ご飯食べてお風呂入ってベッドでゴロゴロしてしまってから再度外出るのキツくない?ハーゲンダッツ食べて一日を終えたくない?私はとても終えたい派である。

だけど勝つんだよなあ、比嘉智康。めっちゃめちゃ勝つの。そのだらけに。めっちゃめちゃ読みたいの。夜中9時に私は愛車を走らせ本屋に向かい。ムカイシュウトク。比嘉智康新作を買って急いで帰路につき。家に帰って夢中になって読み終わる。とりあえず傑作なので絶対に読みましょう。傑作なので絶対に読みましょう。

という感じで比嘉智康。新作というワードだけでめっちゃめちゃ読みたくなった時点でしてんじゃん、作家買いと。

もう一点これも最近の話だけど、持崎湯葉の新作が出た。

これもAmazonやTwitterうろうろしてるときに見つけて、あっ持崎湯葉でてるじゃん。から買おう。からKindleキメる迄ノータイム。ロスタイム0分。私の人生の失われた時間自体は分刻みでは勝たれない。失った時間の分を与えてくれる優しいセカイなんてそんなものは無い。絶対に無い。絶対。絶対。絶対。絶対は無い。絶対がないから絶望もない。希望はきっとどこにもかしこにも転がってる。ただそれを拾えるタイミングじゃなかっし、ズレた間をした悪さ。それが自分のタイミングなのだから。私は負けない。キュアラブリーだって無敵なんだし。

まぁこっちは正直、ヒャクパー楽しめたかと言うとそれをYESだね。と快いレスポンスをするには少し。ちょっぴり。難しく。けれどもやはり持崎湯葉のあの。あの紡ぎ方をする文章。そうあの文章が楽しめたなと。

そう文章。

作家買いをするくらいにまぁ言っちまえばファンになる位に好きな作品てやっぱり文章かなぁと。だから一般文芸を買うとき、ついつい同じ作家のモノを買うときと言ったら。作家買いをするときってやっぱり文章が好きだからかなぁと。自分の中にもちろん例外はあるのだけれどもぶっちゃけ一般文芸のあらすじ読んでグッとくることって。もしかしたら。もしかしたら少ないかなぁと。振り返るとそうかもしれないと。どうだかなぁ。けれど山崎ナオコーラ村上春樹吉田修一長嶋有の作品を買うとき。あまりあらすじで身構え無い。絶対に面白いと言う信頼感。それは会ったり前なんだけれども文章が好きだからかなぁと。だからもちろんラノベでも文章が好きな作家の作品は買っちゃうのあったりめえじゃんと。テヤンデエて感じ。しゃらくせい。

さらにラノベって自分の中には、文章以外の切り口でも買いたくなるがある。上で挙げたとおり。キャラクターだったり。世界だったり。ストーリーだったり。イラストだったり。いやそれはもちろん一般文芸でも当てはまるのだけれども。自分はおっこれ買おうかなの切り口が文章以外で広がってくのはライトノベルなのが多いかなぁ。と。

まぁだけどもその分、くっそつまらねえ作品に当たる作品もおおいけどな!!!文章がくっそつまらんおもんない作品にな!!!けれどもそれをカバーする別の面白さがあるときもあるしなぁと。

ラノベも文章が好きだったら作家買いは当たり前にする。別の切り口でも面白さが広がる。なんだライトノベル、面白いじゃない。ゴメスゴメスって感じのお話でした。