ソルティライムシャーベット

小説とかライトノベルとか漫画とか邦楽とかの感想とか

青春恋愛ラノベが好きだ。だからこそ嫌いになるんだ。

もう休みが終わる。正直言って何もしていない。した事と言ったらサーティワンでチョコミントアイスを食べた事とタバコを紙巻から加熱式に戻した事、そしてNetflixに登録した事。後、アマゾンプライムでm1とドキュメンタルを観ていた事。IQOSを久しぶりに吸って1、2日ぶりに紙巻を吸ったら雑味半端なくて不味かった。前もコレでしばらくIQOSを吸ってたら戻れるか?後、突然山口百恵にハマった。

とこのブログでは大抵小説主にライトノベルの話を書き続けてきたけど、今でも読んではいるけどぶっちゃけ自分の趣味の中ではどんどん下位へと落ちていく。お笑い観ている方が楽しい。ソシャゲやってる方が楽しいとは言い切れないが、ソシャゲに使ってる時間の方が圧倒的。馬鹿だよね、ガチャって課金って。どんどん自分の財力を使ってガツンガツンと金で殴って殴ってタコ殴っていけ。人のプレイスタイルにはケチをつけんが金で殴ってこそだとは思ってはいる。馬鹿だねえ脳みそふやけてるねえ。

まぁライトノベルは好きなんだけどね。新作を追うってのはもうできんかもしれない。というのもホントにつまらんヤツはとことんつまらん。まぁどんなものであってもそうかもしれないが、新作特に未知数の実力の新人作家の作品てめちゃくちゃ面白い時もあればめちゃくちゃつまらないこともある。

自分は割りかし人の評価は気にしないタイプ。自分がこの人と好きの波長が合ってるなて人がおもろいって言ってた場合は参考にしたり、逆にこいつとはとことんまでセンス合わないしこいつの面白いは自分にとってのつまらないって人を逆に参考にしてたりする。数名。けれどもこれが売り上げとか多数の人が面白いと言っているより参考になる。ライトノベルて言う漫画とかと比較すると狭く小さい媒体だとこっちのが参考になる。まぁ最近はそれすらも見ていないんだけども。

だけどやはり1番信じられるのは自分自身で言うことで結構自分の直感と言うか感覚的に買ってる。これが割りかし当たるっちゃ当たる。

自分はライトノベルの中でも青春恋愛モノやラブコメが好きだった。コレでとりあえず自分の感覚で買うて時があるんだけど、試し読みとかしない主義だから、表紙、あらすじ、帯くらいの基準で買う。これが結構当たる。アッこれ面白そうと思ったら面白いし。なんか自分の趣味みてえなあらすじだけど何となく怪しいなと思ったら案の定つまらなかったり。そんな事できるならつまらないセンサーに引っかかってるヤツは買うなよて話だが、まぁ勿論外れてすっげえ面白い作品の時もあるし。

後、数ページ読んで、アッこれ当たりだなと感じる。自分は凄く感覚的に小説を読んでると言うか、かなり文章の好みとか気持ち良さで好き嫌いがガッツリと決まり、それを読み始めて数ページで判断してしまう。まぁこれも例外はあるのだけれども大体数ページで好みが決まる。

繰り返しになるが、私は青春恋愛モノがライトノベルの中でも特に好きなんだけれども。青春恋愛モノでつまらん作品を読んだ時は他のジャンルと比較して苛立ち怒り憎しみその他諸々のネガティブな感情が強くなる。その他諸々て何なのさて言われたら知らん。恐らく苛立ち怒り憎しみで収まる。嫌いって事なんさ。

ホントに他のジャンルでつまらんて思うもの読んだ時は、まぁつまんねえなぁとは思うけれども。青春恋愛モノでつまらんものを読んだ時は、冗談じゃないわよて感じになる。かなりSNSがその時は活発になる。公共の場でデトックス。まぁハッキリ言って良い事では全然無いのだけれども。

そのジャンルが好きだからこそ、そのジャンルで本気でつまらんものを読んだ時、人は鬼になれるのかもしれない。恐らく自分だけではないはず。

後、コレ自分の中でかなり信頼できる定規になってるのだけれども。SNSや作品のあとがきとかで、こいつしゃらくさいなと思った方の作品は、基本つまらない。作品から入ってSNS見たらしゃらくさいて場合もあるけれども。その場合、作品が好きになってたらSNSとかでイラッと来ても作品の面白さつまらなさの判断基準にブレ幅は無いとは言い切れんが、かなり少なく済んでいるのだが。その逆は中々作品と作者を別と割り切る事は出来ない。だってムカつくし。

ライトノベルのお話でした。

→ぱすてるぴんく。 (講談社ラノベ文庫)

→ぱすてるぴんく。 (講談社ラノベ文庫)

追伸 ソラゴトに微笑んだ君へ (ファンタジア文庫)

追伸 ソラゴトに微笑んだ君へ (ファンタジア文庫)

ライトノベルて何なんすかね?文学て何なんすかね?

本日より、盆休み。長期連休の始まりだ。にしては昨日のビアガーデンで飲んだり食ったりして朝起きたらダルさが残り締まりの無いメリハリのない一日めのスタート。だったのだけれども部屋でゴロゴロしていたらあまりの空腹。目眩が来るレベルでいい加減何かを食べねばと冷蔵庫の中には実家の帰省あるいは簡単な旅行にすぐ行こうと考えていたので何もない。と言うわけでファミマでホットスナックとバウムクーヘンを食べて体内にブドウ糖を入れて脳味噌にガソリンを入れた。やっと意識が少しクリアになってきたところで本格的な空腹がしはじめて近くの喫茶店でサンドイッチとコーヒーを飲んでやっと落ち着く。ソシャゲの夏イベントには飽きていた。というよりもイベント自体は今回は珍しく面白いと感じていたのだが、周回をする事に馬鹿らしさみたいなのを感じてやる気がおきない。にしては今回のイベントのボーナスやガチャがかなり興味をひくものが少し憤りを覚える。何だかんだで30分程、結局周回をしてしまったがもう嫌!嫌なの!!て気持ちがスマホの画面を押し潰してる時に嵐のようにやってきて。ワイルドハントの始まりだ!見てえな気持ちで読書を始める。夏。休み。毎度思ってたことは、普段読めないから本をいっぱい読むぞ!!なんだけれども普段できないことは単純にやってないことってだけであって、いざその時が来るとぐだぐだしてしまい結局やらないで休みを終える。と言うのが私の長期連休の当たり前になっている。

まぁそんな好きな事や趣味にも誠実さなんてものは持ち合わせてはいないのだけれどもカフェオレを飲みながら読書を始めた。読んでる本は今年刊行された石川博品の新作海辺の病院で彼女に話した幾つかのことである。石川博品は好きだ。発売されたら買ってしまう作家である。それが個人がKindle電子書籍で発売してる同人作品でも。ついつい買ってしまうってレベルには好きである。

ソシャゲとガチャに脳味噌が溶かされてるというのを言い訳に読書の量が減り、趣味と言うのも少し違うかな?と最近は思い始めており、少し本を読む力?と言うのが減り始めてはいるのだけれどもこの作品を読み始めてすぐにとても魅力を感じた。

話を脱線させるが、本を読む力とかブログ等で文章を書く力と言うのは、そういった事から離れてみると可視化される。別に読書家が凄いとか。物書きが凄いという話ではない。寧ろそう言った自分の好きな事を誇りとかプライド(同じ意味だね)にして、自分が優れているあるいは他者を下に見ている人間は嫌いだ。とハッキリ切り捨てるには、自分の昔を振り返るとできるのか?多分できないよな。。。と自信は持てず。けれどまぁ合う人種ではないなと確信を持って言える。まどろっこしいね。けれどもやはりいざ読書をする、ブログで何かを書くとなってるとこれが少し難しさやしんどさみたいのを感じる。もしかしたらもう読書やブログが好きだったものと過去形になってしまってるのかもしれないというのが原因なのかも。けれどもそういったことはやはり力みてえのがあり、少し距離ができてしまった今。少し。ほんの少し凄い事なのかもしれないなと思う。

話を巻き戻す。石川博品の新作を読んでみると、ほぼかなり高い頻度で思ってる事なのだが今回もまぁ面白い。と言ってもこのブログを書いてる今の段階ではKindle換算で20%を過ぎたくらいだから序章の序章だと思う。石川博品の文章は相変わらず気持ちの良さを感じる。私の好きなライトノベルは書き方作家それぞれで違えど文章の楽しさ、気持ちの良さってのがあるんだなと改めて思う。今まで自分が生きてきた町が崩壊したけれども美しさを感じて、だからこそ生きてけるとサバイバルに生きる主人公が美しい。後、病院にあるソファをソフトキャンディみたいと表現するシーンがあるんだけれども、あぁソフトキャンディみてえだなと個人的に深くしっくりさせられた事が今のところの印象に残ってる。

まぁ今回、発売日に買ったは良いが積み続けてた本を読むキッカケになったことは一般文芸よりの作品と評してるのをネットでみたからだ。石川博品の作品を好評してるときに博品の文章力?の高さから一般文芸よりやライトノベルから外れていると言う人がいるのは今に始まった話ではない。感想の感想を言う程、間抜けで愚かな事も中々無いものだと思うのだけれども。それってどうなの?とは正直に思う時がある。少なくとも私個人の意見であるのだがと前置きをして守りに入るし、石川博品の作品を全作品読んでるわけではないとさらに守りに入るが。石川博品の作品を読んでるときは、ライトノベルと思うし、ライトノベルとして面白い。それが文章の気持ちよさや巧みさから来る面白さだとしてもライトノベルのとしての面白さであるし。文章の高さってのがライトノベルとしての面白いの全ての尺度では無い。しかし文章の高さってのはライトノベルとしての一つの面白さであることが間違いない。いったいこの作品や作者の石川博品が何を持ってライトノベルとして外れているのかが、少し分からない。

ライトノベルて何?一般文芸て何?純文学て何?とか考えている時間なんて幾ら毎日をドブに捨てると振り返れば感じてしまう自分でも無駄な事だと思うので、まぁ人それぞれだねでさっさと終わらしたいと思うが、設定や文章でライトノベル云々をカテゴライズするのもどうかな?て思うが、じゃあおめえは何を持ってカテゴライズしてんだよって言われたらレーベル!と返す事はできないし、実際ライトノベルレーベル以外の作品をライトノベルと思うこともあるし。上記の件とやってることは同じでもあり逆でもある事をしてるのだから人のこたぁ言えないのだけれども。ホントに何なんすかね?と。いつも通りのハッキリしない尻切れ蜻蛉な終わり方だな、ホント。まぁ暇つぶしでブログ書いてるし。

これは前から思ってたけれども私のネットの観測範囲内では、ライトノベルを雑に批判する事は何年間も注目する割には、ライトノベルを雑に褒める時の雑味が半端ない事には注目されない。んな事いったら何も言えないし、雑さにおいては中々のものを持ちあわせてる自分が言うと単純に自分の首を絞めてるだけなだけれども。半端ないとは常々思う。

暇つぶしと思い、ブログのリハビリがてらと思い、何となく書き始めたが。隣に置いてある灰皿がこの書き始めてから数分間で白い吸い殻がこんもりしはじめて、やはり自分は文章を書くのとことん向いてないなと少しガッカリしつつ、またショッキングピンクBICのライターでタバコに火をつける。

夏休み。始まりましたぜよ。石川博品読むぜよ

妹さえいればいい 10 二人の距離は変わらないけれど気持ちだけは別

前巻からの大きな展開で何かしら良くも悪くも物語は大きな動きを見せるとは分かってはいたけれども予想通りなところがちらほらで面白くなってきた。1番大きく動いたのはラストの伊月なのだけれども。やはりハルトと千尋の動きがとても良かった。各キャラを丁寧に描いてきたこの物語の群像劇的なモノがやはり上手くて面白いなぁと。伊月と千尋の親のエピソードを読んで平坂読に対して、憧れに近い感情が生まれちゃうんだよなぁ。やっぱりこの作者は、とても上手いと面白い。凄い。

グラスハート 熱の城 読みました

グラスハートを毎回読む度に思うことが、何て弱くて儚くて脆くて美して、そして強いんだと言う事。ついついKindleで読んでるとあっこのフレーズが良いなとTwitterで呟いてしまう。これが仮に紙の本で読んでたら、全ページにマーカーでぐしゃぐしゃになってしまうんじゃないか?と思ってしまうくらい。

とてもグラスハートが好き。すごく好き。

今回、坂本くんとアカネちゃんの依存みてえなだから近付きたくないみてえな恋愛や天才藤谷センセーが良いカンジに恋に乱される。とかとても胸に響く展開があったのだけれども。やはりトウヤくんのオヴァクロ解散の展開が1番素晴らしいと思う。つかこの子は一体どこまで愛おしくさせる気なんだろうか?解散を告げられた時のトウヤくんが見せたあどけなさ。ホントにこの作品の弱い脆いだからこそ人間としての強さが光る、そう言う何というか綺麗さ、美しさを感じさせる内容が好きなんです。

グラスハートが好きだ。大好きなんだ。

さよなら、シリアルキラーシリーズ読もうぜい

あっちーって感じる日。久しぶりに音楽を聴きながら二時間程度散歩をした。ソシャゲ漬になってからやらなくなった休日のルーチンをやり始めたら昔みてえにむくむくとブログを書きたくなって今書いてる。この誰のためでも無いし自分のためにもならない暇つぶし中の暇つぶし。好きなことをブログに書くって、そこそこよ暇つぶしになるんだなとホンットに久しぶりに久しぶりに思い出した。思い出さなくても良かったのかもしれない。何も生みださないし、まぁ実質無料の趣味だしな。何かこんなタイミングだからこそ、ブログって書きたくない?って想うしね。みんなやれやれ、そこまで面白くねえけど。丁度良い暇つぶしになんぞ、ブログって。と。

何か突然さよなら、シリアルキラーについて猛烈に書きたくなった。けれども何が良いかと何が好きかとかそーゆー深堀みてえな事をするのはダルい。

ヤングアダルトライトノベルの違いとか分かりゃしません。もしかしたら何となくだかは分かっちゃいるかもしれないけれども。分かっちゃいるふりをする事に留まるくらいになってしまう。

だから自分はさよなら、シリアルキラーを読んでる感覚はほぼ同じ。面白いしね。シリアルキラーを親に持つ少年ジャズの葛藤とか黒人の少女、コニーとの恋愛とか。ミステリーとかエンタメとか。冒険活劇とか。実は冷めてるようで熱いけれども渇いた風が流れて過ぎ去っていく読後感。とても好きです。

何か続編とかでねえモンかなと。

さよなら、シリアルキラー (創元推理文庫)

さよなら、シリアルキラー (創元推理文庫)

おすすめの作品がアップデートされないのは呪いに限りなく近いのかもしれない

おすすめの作品はありますか?それはアップデートされてますか?私はされてません。最近、ソレが少し辛い事なのかもしれないと大げさに言っちまえば呪いに限りなく近いものなのかもしれないと。また今年も夏が来て、感じてしまう今日この頃。

また私はゼーガペインをおすすめしたいと毎年夏が来る度に思ってしまう。面白い小説、特に青春系と言われると長沢樹の消失グラデーションをおすすめしてしまう。

やっぱり呪いだよ、一体何時まで言いづけるのか、ゼーガペインに対してはもう10年以上の月日が流れてしまったし。やっぱり面白い小説、特に青春系と言われたらミステリ好きか否か云々関係なく消失グラデーションをおすすめしてまうし。厚かましく夏服パースペクティブも読んで欲しい冬空トランスまで読んで欲しいし。長沢樹、マジで面白えなって思うしリップステインも読んで欲しい。また映画かよってしゃらくささ?と言ったら失礼か?も誰かと楽しみたい。

多分、ボケが始まって忘れるまで言いつづける。記憶は遠い順から思い出に変わってしまう。けれどもその思い出すら忘れてしまうときまで言いつづけるだろう。消失グラデーションマジで面白えから読んでと。ライトノベル好きな人も読んでと。

消されるなこの想い、忘れるなこの痛み。ってか。

スターは希望と挫折を与えてくれる 冲方丁 シュピーゲルシリーズ

スターは希望と挫折を与えてくれるとスカしてるなとは思っちゃいるけれどもこの言葉は事実だなと思える事が最近あった。こんな人になりたいっていう憧れとこんなに人になれないなという失望を抱えて人はオトナになっていくとか言っちまったら尚更スカしてるし。そんなら大人になんぞなりたくねえわって一生生涯人生ピーターパン宣言を掲げてぼかぁ曲がらねえ人間なんよって。っていう感じにもなれやしない。カボチャの馬車なんぞありゃしない、夢見る少女じゃいられない。

しかしやっぱりまぁだからって言うのか?やっぱりスターってカッコいいよね、やっぱり。なんたって希望と挫折だよ?上がってんの?下がってんの?ハッキリ言っとけみてえな事をKICK THE CAN CREWが言ってたけどもアガッテルしサガッテモイルのよコッチはって言えるのよね。

自分はクリエイターになりたいと思ったことは無い。いやあったのかもしれないけれどもそれよりもまぁなれやしないわなとやる前からのサレンダー。ギブアップ。まぁ単純に言うと根性無しなのかもしれない。

努力ができないと言われたら何もかもが終わってしまうのだけれどもそこにはスターの存在ってのがあったのかもしれない。スターに憧れてなりたいやってみたいとは思うのだけれども。それと同じくらい、いやなれやしねえし出来ねえよ。と。

カラオケボックスに行けば誰もがTHE BLUE HEARTSを歌えるけれども。誰もTHE BLUE HEARTSになれない。全然上手い事言ってねえな、をい。

ひょっとしたら私は小説家になりたいと思ってた時があったのかもしれない。それもここごく数年の間に。けれどもやっぱりそれはなりたいって気持ちでは無く、そのなりたいって気持ちが芽生える前に剪定されてしまったのかもしれない。ジョンレノンみてえに現実見てない人とか後の世で歌われたくもないしなとショギョームジョージイシキカショー。だから私はそんな詰まれてしまった気持ちをネットにリンクで貼られて来るアマチュアの作品を見て、いやこいつよかぁ流石に勝ってるんじゃね?て気持ちで始めて、書いてその難しさを感じて嫌になって、その人よりも少ない話数で多くのPVを取って即アカウントを消した。駄目だよな、色々と。

まぁそんな小説家になりてえみてえな憧れとなれないわなと挫折を間違いなく与えてくれた作品の一つとして冲方丁シュピーゲルシリーズは間違いなくある。
そして、私が1番面白いと思っているライトノベルでもある。

この作品については、作者のネームバリューや各出版社のメディアミックスや何より作品の内容に比べれば人気や売上はそんなに伴わなかったなと完結から1年経って改めて考えてみて感じる。全く売れてない訳じゃないマイナー作品と言うには光を浴びてない訳じゃない。けれども何というかこう爆発的な何かが、ムーブメントが起きた!!と興奮してべしゃるには静けさを感じさせた。まぁコレは最終巻の今まで興奮に興奮を重ねた超エンタメをやってくれてた割に綺麗に静かに物語の幕を閉じた時もなんつーかあんなに激動なのに静かじゃねえかよと思ったし。ソレがまた良いんだけどね。

ぶっちゃけこの作品の魅力は確かに分かりやすく語れるポイントが有るんだけれども。それについては、かなり他の人が上手く熱く面白く語ってくれたからわざわざ完結から1年経って今更自分側下手くそに語るのはちょっとな。。。と思ってしまうから口を噤む。

だから自分はこの作品に対して何というか抽象的?な感じに語っちゃうけれどもやっぱりスターなんだよね、冲方丁もこのシュピーゲルシリーズっていう傑作も。

二つの物語で多角的に展開される事件、少年少女のシンドイながらも懸命に頑張る生き抜くバトル、エンタメ、青春模様。世界とか救いてえなって呟きながらショートホープを吸っちゃう少女。すげえ余談なのだが、自分がたまーにショートホープを吸う理由はこの作品と地雷震の影響。テスタメントシュピーゲルになって集約して終わりに向かう物語。魅力的な敵キャラ。複雑な?物語。マルドゥック・スクランブル読んだときもそうだったけど冲方丁が書くゲームシーンは何故かどっから来たのか分からんのめり込みを要求される。集約されて明かされてく気持ちの良い伏線や設定。やっぱり何よりライトノベルってもんからズレないエンタメ。すこーし思い出しただけで色んな楽しい事が思い出される。読んでるときはマジで鳥肌が経ってたし。マジであれ風邪ひいた?いや、違ーな、この作品が面白すぎるから鳥肌たってるのかいなと軽く衝撃を受けたし。

こんなモンを書きたい。けれどもこんな作品を書ける訳ねーじゃんと強く感じた。そう、冲方丁シュピーゲルシリーズはマジで面白くてマジでサイコーでマジで傑作だったのです。これで終わりのお話です。

最後に何故、今回この事を書きたくなったのは崎山蒼志さんていう凄え人の凄えカッケー音楽を聴いて改めてスターって凄えなと。感じたらです。

多分、スターは憧れと挫折を与えてくれるってのは誰でも同じだと思う。そっから自分がスター側になるのはその憧れが強く努力できた人や運が良かった人なんだろうな。と。自分はできないしなれない。だから楽しく生きていきたいものです。ゆるりとさ。

ほぼライトノベルのお話でした。